大阪市中央卸売市場で卸売業を営む株式会社泉州屋は、昭和64年創業、今期で62期を迎える老舗の企業です。近年、青果の取り扱いだけでなく、加工業や果樹の生産まで幅広く事業を拡大しています。事業拡大の狙いはどのようなところにあるのか、202○年に代表取締役に就任された小山社長にお話を伺いました。

年間供給が難しい果実を冷凍冷蔵保存、生産物を余すことなく食品製造までタッチ

泉州屋は青果の仲卸が事業の中心ですが、国内の果樹生産は年々減少傾向が進み、今後数年でさらに生産量が減少すれば、市場には取扱量がますます逼迫していくという危機感があります。

そのような背景の中、2017年、泉州屋では「泉州屋ラボ」を東部市場内に開設、凍結加工事業をスタートしました。食品の品質劣化を最小限に抑え解凍後の復元性が高い「急速冷凍機」を整備、「一番おいしい時期」に規格外商品など廃棄されてしまう果実を冷凍加工することにより、食品ロスを削減できることが大きなメリットとなります。果樹市場の逼迫に備え、生産者との密な関係を築き、A品からC品までもれなく果実を買い取れる体制を準備しています。

また、長年「スイーツは果物のライバル」という固定観念があったと言いますが、スイーツは原料に果物を多く使用します。発想の転換で、カットフルーツやピューレ加工等、製菓の一次加工の請負を始めた他、今後はOEMでの製菓製造も進めていく計画です。

将来的に国内果樹生産において担い手不足が進んでいく中、農業の大規模化、省力化がどこまで進むか注視しつつ、幅広く生産物を買い取れるよう受け皿としての体制を整え、生産者との連携をより強化し、果樹生産・流通・製造が一体となるコンソーシアム形成も見込んでいます。

農業生産法人 株式会社あけのフルーツを経営傘下に

2022年、泉州屋は沖縄県でマンゴーを生産する農業生産法人 株式会社あけのフルーツを100%小会社としました。あけのフルーツの創業者は、かつて「今帰仁村を日本一のフルーツの村にする」という志を持ち、沖縄で初めてマンゴー生産を手がけたメンバーの一人です。それから30年余りが経ち、生産技術に強みはありましたが、マンゴーの改植時期を迎え、自身も高齢となったこともあり、第3者への事業継承を考えるようになったと言います。

確かな栽培技術を持つ一方で、販売に強いパートナーを求めていたあけのフルーツ。泉州屋とは、仲介業者を介して出会いました。話を受けて泉州屋のトップがすぐに農場に赴き、オフィスではなく畑で話ができたことも安心感につながったと言います。

一方で泉州屋も、すでに第3者への譲渡が検討されていた農園の管理が行き届いていたこと、経営管理がしっかりしていたことがマッチングの決め手となりました。

「餅は餅屋に」。生産と販売の役割分担で地域農業を守る。

マンゴーは「表年」「裏年」で生産量に差があり、あけのフルーツでも安定した農園経営に難しさを抱えていました。泉州屋が親会社となったことで、経営管理、流通販売面等のバックヤードは泉州屋が全面支援をしています。安定的な給与体系が社員のモチベーション向上、後継者育成につながり、現在では、あけのフルーツはマンゴー生産に注力してもらうことができています。農園のメンバーは合併前と変わらずそのまま生産に携わり、生産リーダーをあけのフルーツの圃場の責任者としていることが、地域に対しての安心感にもつながっています。経営傘下に入った当初はマンゴーの改植中で、生産量が2019年は3.6t/年と減少しましたが、2021年は6t/年までに回復しました。2027年には12t/年の収穫量を見込んでいます。また、規格外品となるマンゴーについても、自社設備での加工、製菓の開発に活かすことができます。

さらに、今帰仁村周辺にはマンゴーだけでなく、スイカ等の名産物もあり、あけのフルーツを拠点に、そういった周辺の農作物を集めていく計画です。

泉州屋の本業は仲卸業であり、生産技術はそれぞれの産地に根付いています。泉州屋の役割は、地域の果樹産地を支える生産者を絶やすことがないよう、生産地、生産グループと連携し、物流、卸業を担い、効率的に加工業者、消費者に届けること。「生産者には作物を育てることに集中してほしい。モノを売るのは自分達の仕事」と語る小山社長。単なる売り手と買い手の関係から、共に地域農業を支え育てていく関係へ。泉州屋の挑戦は続きます。

基本情報

会社名:株式会社泉州屋

泉州屋所在地:大阪府大阪市東住吉区今林1-2-68 大阪市中央卸売市場東部市場内

農業生産法人 株式会社あけのフルーツ所在地:沖縄県国頭郡今帰仁村字天底887

栽培品目:マンゴー

圃場面積/生産量:○ha/年間○t

<小山 浩氏 プロフィール>

株式会社泉州屋 代表取締役社長

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